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彼は眞面目なる努力の跡を世に殘して、新思潮の趨くべき道に悲しむべき先驅者となつたのである。彼は天成の詩人であつた。彼は一日として歌はずには居られぬ詩人である。瞑想と神秘の色を染めた調子の深さは彼の性質の特異の點である。透谷はまた信念の人であつた。從つて迷うては魔を呼び、鬼氣人を襲ふ文を草し、神氣のしづまれる折々には閑窓に至理を談じた。彼はこれ等の多くを散文にものしたが、天成の詩人たる彼が詩歌に第一の新聲を出すに難んじたとは運命の戯謔か、――悲痛の感に堪へないのである。 透谷は要するにその素質に於て明治過去文壇最大の詩人である。透谷逝いて彼の詩魂のにほふところ、島崎氏の若々しい胸の血潮は湧き立つたことであらう。「若菜集」の新聲はかくして生れ出たのである。若き世の歌はここに始めて蘭湯の浴より出でゝ舊き垢膩の汚を洗ひ棄てたのである。 (明治四十年十月「文章世界」〈文話詩話〉號)
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