コピー
おかんは、浄土に対する確かな希望を懐いて、一家の心からの嘆きの裡に、安らかな往生を遂げたのである。万人の免れない臨終の苦悶をさえ、彼女は十分味わずに済んだ。死に方としては此の上の死に方はなかった。死んで行くおかん自身でさえ、段々消えて行く、狭霧のような取とめもない意識の中で、自分の往生の安らかさを、それとなく感じた位である。 宗兵衛の長女の今年十一になるお俊の――おかんは、彼女に取っては初孫であったお俊を、どんなに心から愛して居たか分らなかった――絶え間もない欷り泣の声が、初は死にかけて居るおかんの胸をも、物悲しく掻き擾さずには居なかった。が、おかんの意識が段々薄れて来るに従って、最愛の孫女の泣き声も、少しの実感も引き起さないで、霊を永い眠にさそう韻律的な子守歌か何かのようにしか聞えなくなってしまって居た。枕許の雑音が、だん/\遠のくと同時に、それが快い微妙な、小鳥の囀か何かのように、意味もない音声に変ってしまって居た。その中に、鉦の音が何時とはなく聞えて来た。その鉦の音が、彼女の生涯に聞いた如何なる場合の鉦の音と比べても、一段秀れた微妙なひびきを持って居た。御門跡様が御自身叩かれた鉦の音でも、彼女をこうまで有難く快くはしなかった。その鉦の音が後の一音は、前の一音よりも少しずつ低くなって行った。感じられないほどの、わずかな差で段々衰えて行った。それが段々衰えて行って、いつしか消えてなくなってしまったと同時に、おかんの現世に対する意識は、烟のように消失してしまって居た。
TOPに戻る
-
iboard BASIC
-