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「美和チャン、貴女……」 「シッ、静かに。」と、姉の言葉を押えて、階段口から階下の情勢を窺ったが、動き出した自動車のエンジンの音を聞くと、 「帰っちゃった!」と、舌を出した。 「だって、貴女、ほんとにひどいこと云うんだもの。」 「ひどいって、どちらが……。あれは、一体何をして生きている人種ですか。苦労知らずの奥様で、お金があって、暇があって、旦那様をお尻に敷いて威張っている上に、ちょっと貧しい同性は、目の敵にして、こっちの困ることなんか、おかまいなしに、すぐ出て行けだなんて……人を馬鹿にしているじゃないの、もっと苛めてやればよかった。あたし、あんなのと喧嘩するの大好きだわ。」 美和子が、おどけた口調でいうので、場合を忘れて、新子もちょっとほがらかになりながら、 「だって、貴女だって、あの奥様の立場になれば、きっとああだわ。」 「モチ、あたしだったら、もっと凄くなっちゃう。」と、艶やかな笑顔をしてみせた。 妹の思いがけない奮闘で、急場の難儀を逃れたことを、嬉しく思うものの、しかし新子の心境はみだれていた。 前川が、夫人に対する態度をよく知っており、それを改めることが、前川にとって不可能であると思われるだけに、夫人にすべてが知られてしまった現在では、前川と自分との交際も、これが最後であると考えねばならなかった。
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