コピー
しかも、この場合、基礎的教育といい、訓練といい、如何なる方法がとられようとも、必ず可能性の限界があって、例えばどんな理想に近い教育が行われても、訓練が施されても、それを受け容れる側の素質によって著しい効果の差が生じるばかりでなく、また、同時に、あるひとつの技術的な部分を取りあげてみても、その部分のなかに、更に、正確に「教授し」得る部分と、常に漠然としか「指示し」得ない部分とがあり、これが混同されると、指導する側からいっても、指導される者の立場からいっても、しばしば大きな誤算が生れる結果になります。 だいたい、俳優教育のメソードというものは、演劇の歴史のなかで極めて自然発生的なかたちをとっています。従って、演劇そのものの進化に先行する俳優教育の新しいメソードなどは、どこの国にもありません。俳優の教師は、自分の舞台経験を通して、自分が既に知っていること、自分ができると信じていることしか、教えることはできないのです。言いかえれば、俳優の教師は、決して「新しい」演技の指導者たる資格をもっていないのが普通です。
TOPに戻る
-
iboard BASIC
-