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「これで風向が西へかはると、雪がみんな谷へ吹つこまれて、道にや積らんことになるだが……さあ、この分ぢやどうだかね」 さう云ひながら出て行かうとした。 「万さん、今夜あんたすこし寝むといゝわ。さうあんたひとりで何もかも……」 と、素子はいたはるやうに云つた。 「なあに、二晩や三晩起きてたつてどうもねえですよ。それより、幾島さん、あんたの部屋にや火がねえだね、まだ……」 「いゝんだよ、黒岩君、僕は、こゝでかうしてると、いゝ気持なんだ。別に手伝ふ用件はないし、邪魔にならないやうにしてゐるんだから……」 幾島は、椅子の上で、肱をすぼめてみせた。 素子は食事をしをはると、一旦自分の部屋へはひり、明日の荷ごしらへをしかけたけれども、夏の生活の為に、今迄ぼつぼつ運んだ品物を、みんなこの際持つて帰るわけに行かぬことに気がついた。 ――もう一度来られるか知ら? 来られなかつたら、万さんにでも頼んで送つて貰はう。 自問自答しながら、やつと、手廻りのものだけをトランクにつめた。 その夜、彼女は、幾時間かの浅い眠りの後に、眼を覚ました。 黒岩万五の言葉どほり、山も谷も一面の雪であつた。
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