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しかし、空はからりと晴れてゐた。 東京の本邸から来た女中と、土地の手伝ひの女たちが、もう朝の食堂の支度を整へてゐた。 伊賀男爵と田沢元代議士がストーヴの前でひそひそ話をしてゐる。 そこへ、茂木の番頭が粕谷主任と一緒にはひつて来て、高崎から、今、霊柩車と乗用車二台がこつちへ向つたといふ事務所への電話を知らせて来た。 田沢はポケツトから手帳を出すや否や、 「二台ね、待つてくれたまへ。座席が二五ノ十、助手台は駄目として、どうやら間に合ふな。少し窮屈ぢやが……。男爵はこゝの美人秘書とひとつご一緒に……」 素子がそこにゐるので、首を縮め、そのまゝ鉛筆の先をなめ、車の振当てを決めた。 幾島がそばから口を出した。 「道がこの雪でどうでせうか? 車は大丈夫ですかねえ?」 すると、粕谷が胸を張つて答へた。 「それはご心配に及びません。只今、人夫を総動員して雪掻きをやらせてをりますから……」 八時が鳴つた。 来る筈の自動車はまだ来ない。 食事を終つたものから順々にポーチへ集まつた。 東の陽をいつぱいに受けて、こゝは日光室のやうに暖かであつた。 「田沢さん、僕ちよつと、お話があるんですが……」 どつかりと籐の寝椅子に倚りかゝつた田沢元代議士をつかまへて、いきなりかう話しかけたのは幾島暁太郎であつた。
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