コピー
彼は、ぷいと座を起つて玄関の方へ出て行つた。 はるか門の方でエンヂンの爆音と、誰かが喉をからして叱咤する声が聞える。 黒岩万五が、先頭の霊柩車の前につかまつて、陸上の水先案内を勤めてゐるのである。なるほど、斜面全体を覆つた雪が道の幅を曖昧にしてゐるうへに、十人あまりの雪掻きの人夫も、彼の指揮がなければ有効な作業は覚束ないことがわかつたのである。 「やつぱり砲兵だけあるんだな」 と、幾島は露台に立つて、傍らの素子を顧みた。 門の中では車を廻すことができぬとわかり、門までみんな歩くことになつた。それはいゝとして、柩をそこまで運ぶ段になると、これも黒岩万五の力を藉りなければならなかつた。 事務所の前の広場には、土地の人々が礼装で見送りに来てゐた。 素子は、玄関を出がけに、幾島に別れを告げた。 「では、いづれ東京でお目にかゝりますわ。あなたには、いろいろ聴いていただきたいこともあるの……。この別荘もこれで見納めだわ」 幾島は、その時、はじめて素子の眼のなかに深い悲しみの色を読んだ。
TOPに戻る
-
iboard BASIC
-