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「あなたは、さうすると、やつぱり、この別荘のひとだつたんだなあ」 と、感慨をこめて、幾島暁太郎は云つた。 「……つていふと、どういふこと?」 素子は雪を掻いたといふよりも、踏み固めた道の上へ草履をそつと置くやうにして歩いた。 「今かうして、あなたの出ていらつしやり方をみると、いかにもいろんな思ひ出をたくさんこゝへ残して行くつていふ工合ですもの」 彼は素子のトランクを持つてやつてゐた。誰もかまふものがなかつたからである。 「さうかも知れないわ。東京にゐるときよりも、こつちへ来てるときの方が、あたくし、ずつと元気で子供のやうになんでもうれしかつたわ。欲しいものがいくらでもあつたり、人のなんでもないところが立派にみえたり……」 顔はうしろからで見えないけれども、さういふ素子の声は、決して浮き浮きしたものではなかつた。
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