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これは一種のセンチメンタリズムである。感傷の過度は常にヒステリカルな表情になる。これが、舞台を知らず知らず「妙な暗さ」で包むことになる。つまり、「暗い現実」というものはあるに違いないけれども、これを語るのには、「暗い語り方」しかないわけではない。 ゴーリキイは、この戯曲「どん底」において、いわば社会の「暗黒面」を描いてみせるのであるが、作者自身、こういう人々と共に、生き、悲しみ、歌い、絶望し、憤り、そして、なおかつ、明日の光明を待ち望んでいることが、はっきり感じられる。 少くとも、作者は、自分たちの不幸と苦難とを語るために、徒らに興奮はしていない。むしろ、「面白い話」をして聞かせ、相手を楽しませることによって、自分も笑い興じたい、かの「話好き」の本性の如きものをむき出しにしている。 最後に、私がこの演出を引受けた最も大きな理由は、神西清氏の新訳が間に合いそうだということであった。間に合うには間に合ったが、テキストレジーに十分暇をかけることが出来ず、作者にも訳者にも申訳ないような杜撰なレジーしかできなかった。完全な訳を是非白水社版世界戯曲選集について参照されたい。
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