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私はふと近頃の面白い経験を想ひ出した。ある若い雑誌記者の来訪を受けたのだが、原稿註文の話を切り出されて私はまごついた。私に四五十枚の短篇小説を書けといふのである。改まつて言ふのもをかしいが、私はもとから、新聞や娯楽雑誌になら続きものゝ小説みたいなものを書いてはゐるが、いはゆる純文学の創作欄には、戯曲しか発表したことはない。それで、そのわけを言つて断ると、その若い編輯者は不思議な顔をして私を見直し、私が戯曲作家であることを今まで知らなかつたと、率直に告白したのである。無理もないことで、十幾年も昔のことをこの若い記者は知らう筈もない。私は気の毒でもあり、愉快でもあり、試みに戯曲でもよいかと念をおしてみた。よいと答へたのにはすこし暇がかゝつたやうである。
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