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一、二度顔見知りの笹山千鶴子が、この時、保枝の耳もとで囁きました―― 「先生は今朝までお元気だつたんです。十時ごろ、あたしが外から帰つて参りますと、不意に、――どうも変だ。気分がわるいつておつしやつて、横にならうとなすつたら、もう、おからだが動かないんです。やつとベツトへお連れしたんですけれど、……お医者様は、なんか劇薬のやうなものをお飲みになつたらしいつておつしやるんです。でも、そんなご様子はちつともございませんのです」 すると、その医者が口を挟んだ―― 「むろん、服毒の徴候は明らかですが、多分近頃流行のアレだと思ひます。一応応急手当は、すませましたが……どうも……」 と、そこで、あとを言ひしぶります。 「それで、自分で飲んだか、人にのまされたか、それもわからないんですか」 と、保枝は、笹山千鶴子の方をまるで責めるやうに見据えます。 「それが、あたくしにも、さつぱりわからないんですの。――かういふ容態になるのを、ご自分でもまつたく予期していらつしやらないところをみると……」
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