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「なにもいふことない……あんたの顔みればいゝ……」 と、保枝の耳は、とぎれとぎれではありますが、たしかに聞きました。 「誰が飲ましたの!」 保枝は、こんどは、常子の耳のそばで、囁いてみました。そして、その返事をきゝとるために耳を再び、その唇に寄せます。 「だれでもない……あたしでもない……グラン・タムール……」 この最後の言葉は、保枝には、すぐには腑に落ちませんでした。しかし、なにか、悲しいほゝえみの調子をふくんだその言葉は、保枝の心をかきみだしました。 「誰でもない……自分でもない、……」 と、保枝は、それだけを口の中で繰り返し、そのことを藤本にそつと伝へました。 「それがなんのことだかわからんのです。やつぱり多少、頭へ来てゐるからでせうな」 「でも、むやみに人を疑ふわけにも行きませんわね。いつたい、どんな方、今日みえたつていふ三人の方は……」
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