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「それが、あたくしはずつとお使ひに出てゐて、よく存じませんのですが……」 「下の事務所で、いちいち訪問者の訪ね先だけ聞くことになつてゐますからね。われわれはもう木戸御免だが……」 と、藤本は、次のやうな説明を加へます。――事務所の受附ではつきりわかつてゐるのは作曲家の巨摩六郎だけで、あとの男二人についてはどうもあいまいなことしか覚えてゐず、いろいろな印象を綜合すると、どうも、その一人は以前の伴奏者金谷秀太らしく、もう一人は、一度数週間前に訪ねて来たことのある例の軽井沢の青年に違ひないといふ断定が下されました。更に、最後の女の訪問者は、受附の言ふことが非常にあいまいでまるで見当がつきません。玄関をはいると、顔も向けずに、あつさり受附へ声をかけて、さつさと上へあがつて行つたので、よほどこの家に慣れてゐる人物とにらんでよく、それにしても、服装や、年配や、その他の特徴をいろいろ聞いても、それがいつこうに要領を得ず、相当の年のやうに思へたけれども、声は透きとほるやうな美しい声で、大庭常子の歌を聞くやうだ、などと、とんでもない比較をする始末ださうです。
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