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道義の頽廃とかなんとか云つても、もともと道義らしい道義を身につけたこともない人間に、頽廃も糞もない。あるのはたゞ、「道徳の幻」との格闘である。それはもう、実体ならぬ影だと見きはめた人間の自信のやうなものである。 政治家と官吏と教育者は早くそれに気がついてほしい。そして、当分「道徳」だけを故ら声高らかに叫ばないことである。それは、「平衡」を失してゐるなどといふのは、もう云ふだけ野暮な話である。 * 前の手紙に書いた「日本人畸形説」は、いづれその対症療法を述べることによつて結末をつけなければならぬと思つてゐるが、今度のこの「平衡感覚について」は、そこに至るひとつの道順のやうなものである。病理の一端がこれでつかめたやうに思ふ。
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