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北原ミユキは、思ひつめたように、くちびるをかんでいる。康子はたずねた―― 「それで、もうあなたは、市ノ瀬さんのところへいらしつてるの?」 「えゝ、先月の十日から……」 「じや、そのほかのことは、うまく行つてるわけね?」 「うまくですか、どうですか……とにかく、夫婦みたいに暮してますわ」 めずらしく、北原ミユキの口元に自ちよう的な微笑がうかぶ。 「おや、みたいとは変な言いかたね。すこし立ち入つたことを聞かしてちようだい。あなたの方から、せんのいいなずけの方のこと、なんにもおつしやらないようにしてらつしやる?」 「もちろん、なんにも言やしませんわ。市ノ瀬の方から、言いだすくらいですわ」 「それでなにもかもわかるじやないの。お二人の気持を早く落ちつくところへ落ちつかせたいと思つて市ノ瀬さんは苦労してらつしやるだけよ。お二人の過去の生活が、別々の歴史になつていてはいけないと思つてらつしやるのよ。そういうところは、女よりも男の方が潔癖だと思うわ。市ノ瀬さんは、それといつしよに、二十年さきのことを、今からはつきりさせておおきになりたいんだわ」
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