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「そのことは、はじめに、条件をつけましたの。二十年、あるいはそれ以内に、あの人が帰つて来たら、わたしを自由にしてくれる約束なんですの」 康子は、そこで、あきれたというふうをし、やがて、北原ミユキをにらむかつこうで、 「へえ、それ、市ノ瀬さん、承知なすつたの?」 「えゝ。そんなこと平気なんでしよう。でも、こうは言いましたわ――その時になつたら、もう君にはその自由の必要はなくなるだろう、つて……。わしには自信がある、ですつて……」 康子は、こんどは、からだを折つて笑い、 「そういうお話なら、まあ、お茶でもいれましよう」 と言いすてゝ座をたつた。 つきのわるいガスの火をつけながら、彼女は、ひとり、さつきからの話の経過をもう一度繰りかえして考えてみた。 単純なようで複雑な男のこゝろ、複雑なようで単純な女のこゝろが、そこでは典型的な対立を示しているように思えた。その二つの心のまじわる線がどこにあるかは別として、危いのは、北原ミユキでなく、市ノ瀬牧人の方だと、彼女は直感した。 茶を運んで座にもどつた時、彼女は、北原ミユキをこのうえ悲しませてはならぬと心に誓つた。
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