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舞台装置は、「思ひつき」としては新しいものでないと云へばそれまでゞあるが、また、あれが表現派だと云つてしまへばそれまでゞあるが、兎に角、現在の日本には珍らしい、そして、意義のある試みである。所謂「真似事」の域を脱してもゐるし、効果も十分である。これまた、趣味の問題になると別に云ひ分はある。が、あれから「新しい美」が感じられなければうそだ。侮つた意味でなく、民衆の好むべき美がある。子供にも解る美がある。そして、それは日本では新しいものだ。 僕は前に、「どん底」の演出を見て、築地小劇場の出発点はこゝだと云ひ張つた。今度「朝から夜中まで」を見て、築地小劇場の出発点はこれでもいゝと思つた。 日本の新劇が、少くとも演出の上で、此の小劇場から色々の暗示を受けることは好ましいことである。少し場数でも多いと、上演不可能ときめてかゝる劇場主などは、舞台監督などは、一度、「朝から夜中まで」を見るがいゝ。序だから云ふが、ピトエフといふ舞台監督は十五場や二十場の脚本は、平気で舞台にかける。やり方一つですよ。
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