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ただ驚くべきことは、人びとが少なくとも橋亭では、尊敬すべきことというよりは滑稽であるようなことに関する場合であってさえ、ある種の尊敬をこめてシュワルツァーのことを話すという点であった。ギーザまでこの尊敬の余徳にあずかっていた。それにもかかわらず、助教員であるシュワルツァーがKよりも途方もなく優越した地位にいるのだと信じていることは、正しくなかった。そんな優越性などはないのだ。学校小使は教師たちにとって、ましてやシュワルツァーのたぐいの教師にとっては、なかなか重要な人物であり、それを軽蔑するようなことがあれば、その返報を受けないではすまない。そういう人物に対して軽蔑的な態度を取ることを身分の上からどうしても捨てかねるというのであれば、少なくともそれに対応するような返礼によってその人物にそんな軽蔑を耐えうるようにしてやらねばならぬのだ。Kはときどきそのことを考えようとした。それにまたシュワルツァーはあの最初の晩以来、こちらに対して借りがあるわけだ。
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