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461.米原

>>460物心ついた頃には既にぼくの容姿は醜いものだった。それはつまり、生まれた時からずっとぼくは醜悪な姿を周囲に晒していて――それが原因で、疎まれ、蔑まれ、迫害と言っても差し違えない扱いを受け続けていた事になる。生まれた時からずっと。
 見た目が醜いから嫌われる。ぼくの容姿とは正反対のすっきりさっぱりした単純明快な理屈。誰だって自分たちとは明らかに異なる奇形を見れば、嫌悪の感情を露わにするだろう。より直截的な行動に出る者だって少なくはないはずだ。服についたシミを取り除くような感覚と、気軽さでもって。
 あんまりにもあんまりではないか。そう思うと同時に、みんなから向けられるぼくへの嫌悪感に対して心底同意してしまうのも、また素直な自分の気持ちなのであった。
 だって、そうだろう。みんな以上にぼくは――虐げられている原因である――この醜い姿に嫌悪感を抱いているのだから。
 結局のところ自己嫌悪。周囲のみんなはマトモな姿で、ぼくと同じような奇形は一人としていやしない。ぼくだけが不出来を晒している。ぼくだけがみんなから嫌悪を生み出している。ごめんなさい。不快な思いをさせてしまってごめんなさい。ぼくがマトモな姿だったら――いや、いっそのことぼくが生まれてこなければ、こんな嫌悪をお互い抱かず済んだのに。
 もし、この世のどこかに神様と呼ばれるような存在がいるのなら伺いたい。恨み言なんて後回しにしてでも問い質したい。ああ――どうして、周りのみんなと同じように、ぼくを普通の刻印虫にしてくれなかったのですか。

 どうして、ぼくだけが包茎なのですか?

 皮かぶり。短小。不潔。そんな風にみんなから罵倒され続ける毎日。当然、友達なんかいやしない。ぼくなんかと一緒にいれば、たとえズル剥け刻印虫であろうとも包茎野郎の同類として見られてしまう。わざわざ仲良くなろうなんて物好きなどいるはずがなかった。群を成して蠢き回る刻印虫たちの中で、ぼくは常に孤独であり、そしてこれからも孤独で在り続けるのだろう。
 と。
 丁度、ぼくがストレス解消にズル剥け刻印虫からカウパー液を皮かむりの顔面へと唾棄されていた時だ、外界へと続く扉が開いたのは。
 重苦しい音と共に光が差し込んでくる。淫虫は生来的に強い光を嫌う性質にあるので、この時ばかりは包茎であるなしに関わらず全員が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。それを一瞥するのは窪んだ眸の老人。あまりにも窪み過ぎていて、眼球が深い闇を湛えた洞みたいになっている。ぼくたちの飼い主。決まった間隔の日数で餌を運んでくれる大切な人。もしかしたら、あの老人がいわゆる神様なのかも――そう考えた事は一度や二度ではない。
「ほれ、今宵の餌じゃ。好きなだけ貪るがいい」
 そう言って出されたのは、数人の男と、うら若き女の肢体。まだ息がある。鮮度は抜群。
 にわかに周りがざわめき始めた。それは餌を前にした歓喜ではなく、餌を運んできた羽虫たちを前にした憤りによるものだ。複眼によって向けられた視線は明らかにぼくたち淫虫を見下している。
 けれど、それが不思議とぼくには心地良かった。
 みんなは怒りに身を震わせていたけれど、その平等な見下しは正直言って嫌いじゃない。
 それどころか憧憬すら感じている。
 ああ、あの羽虫たちのような翅があれば。こんな重苦しい部屋なんて簡単に飛び越えていけるのに。外の世界には、ぼくのような包茎をズル向けにしてくれる、ウエノと呼ばれる土地がどこかに存在するという。オケアノスの海。妖精の棲まうアヴァロン。伝説に聞くウエノのクリニックは、ぼくにとっての理想郷だ。
「――――」
 そんな後ろ暗い安寧を得ていると、蟲蔵の底に餌が放り込まれた。つい先程の怒りを忘れて淫虫たちが一斉に群がりはじめてゆく。こういう節操のない無軌道チンポっぷりが見下される原因のような気もするが、本能にそう抗えるものではないのが現実なのだろう。
 晩餐が始まる。
 あっという間に変態した淫虫たちが女性の神経のみを侵すように変態し、隅々まで精を貪り尽くさんと蠢き始めた。
 けれど、ここでも包茎チンポのぼくは差別と迫害の対象だ。まともな食事にありつけたことなど皆無と言っても過言ではない。他のみんなが快楽を貪ることで飛び散らせた精液や愛液などを啜ることで、かろうじて飢えを凌ぐ毎日である。
 …………。
 そのせいか、ぼくは未だ生身のオンナというものを経験したことがない。周りのみんなが次々に卒業していくのをただ眺めるだけ。羨ましくない、と言えば嘘になる。包茎で童貞。積み重なる諦観。羨みはやがて恨みへ。でも、それを少しでもおくびに出してしまうと、
「あ? 文句あんだったらハッキリ言えよ、包茎野郎。何でもない? 何でもなくねーだろ、こっち見て何か言いたそうな亀頭してんじゃねーか」
「おい、カリ岡くん(仮称)。こんな皮かぶり相手にしてないで、俺らも早くメシの女パコりにいこーぜ。ハラ減っちまったよ」
「すぐ行くよマラ田くん(仮称)。――ったく、ンなトコ突っ立ってられると邪魔なんだよ。お前本っ当キモいのな」
 この通りの有様。
 むしろ、食事に意識が向いている分だけ、いつもよりマシな方だと言ってもいい。
 それでもやはりみんなの目には付くもので、クスクス笑いと軽蔑の視線をカリ首と竿のあたりに感じていた。いっそのこと死んでしまった方が――ぼくにとっても、みんなにとっても――有意義なのではないか。そんな事すらも考えてしまうが、臆病者のぼくにはそんな決断など下せるはずもなく、出来ることと言えばせいぜい、床に零れた液や汁をひとしきり啜り、薄暗い蟲倉の隅っこでなるべく息をひそめることぐらいなものだ。

 けれど、それで良いなんて思っちゃいない。

 誰も、この現実を――ぼくのクソッタレなセカイの在り様を甘受すればいいだなんて諦観した憶えは一度として有りはしない。皮を被って生まれた運命を呪いこそすれ。みんなが向けてくる嫌悪を理解こそすれ。なけなしの生に辛うじて縋り付くようなこの状況を、常識的なものとして、正しい在り方として受け入れることだけは、それだけは決して認められるものではなかった。
 ズル剥けだとか、包茎だとか、そういう問題では無く。
 淫虫として。刻印虫として。本能のままに快楽を求めるコトは当たり前のことだから。もし、それを捨ててしまったら、ぼくはぼくですらなくなってしまう。刻印虫でありながら。淫虫でありながら。童貞であるというぼくだけの矛盾すらも失って。何もかも。

投稿日時:2019/09/04 20:27

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