分からぬは夏の日和と人心
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2013/09/30 15:02
旅人は考えた。
よその国の事情に大きく介入するとなると、たいへん慎重にならなければならない。
自分はこの流刑地の住民でもなければ、この流刑地の宗主たる国の国民でもない。
もしこの処刑を厳しく非難したり、実際に妨害したりしようものなら、こう言われるに違いない。
このよそ者が、黙ってろ。
そう言われたら、何も言い返せない。
言えたとしても、自分はどうも事情がわかっていませんでした、ただ自分は色々なことを見聞するために旅をしているのであって、よその国の裁判制度を変えるためでは決してないのです、などといった弁解めいた言葉くらいだ。
とはいえ、今回の出来事はそういったことを鑑みても、何か言わなければならないような気になる。この裁判制度が不当で、この処刑が非人道的であることは、疑いようのないことだ。
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2013/09/30 15:02
兵士が千切れた部分を示して訴えるので、将校は反対側へ回った。
将校が、旅人に顔を向けたまま言った。
「この機械は、とても複雑な仕組みになっていまして、こうやってあちこちが千切れたりとか、壊れたりすることがあるのです。だからといって、それだけで早合点しないでくださいね。革ひもなら、すぐに付け替えができます。とりあえずは鎖で間に合わせましょう。もっとも、微妙な振動がこの右腕のために損なわれる可能性がありますが。――」
鎖をあてがいながら、話を続ける。
「――現在、機械の維持費がたいへん少なくなっているのです。先の司令官の時には、ただその目的のためだけに潤沢な資金が用意されていて、存分に使えました。ここには倉庫がありまして、そろえられるだけの部品が保管されています。白状しますと、かなり使い込んでしまったことがありまして、今となってはもう昔のことで、それを新しい司令官はまさに今もやっているように吹聴するんです。そんなものは、ただこの昔からあるメカニズムを攻撃するための口実に過ぎません。今、あいつは機械のための資金を自分で管理しておりまして、私が新品の革ひもがほしいと申請すると、千切れたものを証拠品として要求してきまして、さらに新しいものが来るまでに十日もかかるという有様なのです。しかもそれが粗悪な製品ときていて、あんまり役に立たないのです。それに新しいのが来るのを待っている間は、革ひもなしで機械を動かさなくてはならないのです。でも、そんなこと誰も気にかけてくれません。」
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2013/09/30 15:00
そのとき将校の合図があって、兵士が囚人のシャツとズボンをナイフで切り裂いた。
衣類がはらりと地面に落ちた。
囚人は裸を隠そうと、とっさに服へ手を伸ばそうとしたが、兵士が地面から拾い上げてしまった。囚人の身体に残ったぼろ切れも払いのけた。
将校が機械をひとまず停止させた。
辺りが静寂に包まれる。
囚人が『まぐわ』の下に寝かされた。鎖はほどかれ、その代わりに革ひもで固定されることとなる。そのほんの一瞬、囚人は解放感を抱いたようだった。
『まぐわ』が囚人の身体に合わせて、少し下がった。囚人が痩せていたからだ。
尖端が触れると、囚人の全身に鳥肌が立った。
兵士が右手の革ひもを留めている間、囚人はどことはなしに、左手を伸ばした。
ちょうど、旅人のいる方向だった。
将校が、目をそらすことなく、かたわらにいる旅人をじっと見据えていた。
旅人の顔にどのような印象が現れるのか。簡単にそのあらましだけ述べた処刑が、実際には旅人にどう現れるのか。
将校が知りたそうに見ていた。
そのとき、手首に結びつけた革ひもが千切れた。兵士が強く引っ張りすぎたためだろう。
将校は手助けしなければならなかった。
高級デリヘル 品川 http://people.zozo.jp/horaga/diary
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2013/09/30 11:01
ぼくにはお父さんがあの男を嫌う気持がよくわかりました。あの男にはいろいろ妙なところがありますからね。でも、やがてお父さんは彼とまったくうちとけて話し合っていました。お父さんがあの男のいうことに耳を傾け、うなずいたり、質問したりしていることを、ぼくはとても誇りにしたのでした。よく考えてみれば、思い出すはずです。あの男は、そのときロシア革命の途方もない話をしました。たとえば、キエフへ商用旅行でいったとき、騒動のさなかに一人の神父がバルコンに立っているのを見たということ。その神父は、てのひらを切って大きな血の十字架を書き、その手を上げて、群集に呼びかけていた、というじゃありませんか。お父さん自身が、この話をあちこちでくり返し聞かせていましたよ」
こうしているうちに、ゲオルクはうまく父をまた椅子に坐らせ、リンネルのパンツの上にはいているトリコットのズボン下も、靴下も、注意深く脱がせた。あまりきれいではない下着をながめて、彼は父のことをかまわないでおいた自分をとがめた。
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2013/09/30 11:00
ゲオルクはすぐ父と並んでひざまずいた。彼は、父の疲れた顔のなかで、瞳孔が大きくみひらかれ目尻から自分に向けられているのを見た。
「お前にはペテルスブルクの友だちなんかいないんだ。お前はいつもふざけてばかりいたが、わしに対しても悪ふざけをひかえたことがなかった。お前がペテルスブルクなんかに友だちをもっているわけがあるものか! そんなことは全然信じられないぞ」
「もう一度よく考えて下さい、お父さん」と、ゲオルクはいって、父を椅子から起こし、父がまったく力なく立ち上がったとき、寝衣を脱がせた。
「これでまもなく三年になりますが、ぼくの友人はうちを訪ねてきたのですよ。お父さんがあの男をあまり好いていなかったことは、まだおぼえています。少なくとも二度、ぼくはあの男のきていることをお父さんに隠しました。じつはあの男がぼくの部屋にいたのでしたが。
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2013/09/30 11:00
きちんと食事をあがって身体に力をつけるかわりに、朝食もちょっぴりあがるだけです。窓を閉めきっていらっしゃるけれど、そとの空気が身体にいいにきまっているじゃありませんか。いけません、お父さん! お医者をつれてきて、その指図に従おうじゃありませんか。部屋も取り変えましょう。お父さんが表の部屋へいき、ぼくがこっちへきます。お父さんには少しも模様変えなんかありません。みんなむこうへ持っていきます。でも、そうしたことをみんなやるまでにはまだ間があります。今は少しベッドに寝て下さい。お父さんには絶対に休息が必要です。さあ、着物を脱ぐのを手伝いましょう。いいですか、ぼくにもそんなことはできますとも。それともすぐ表の部屋へいきますか。それならしばらくぼくのベッドに寝て下さい。ともかくそれがりこうなやりかたというものでしょう」
ゲオルクは父のすぐそばに立った。父はもつれた白髪の頭を深くうなだれていた。
「ゲオルク」と、父は低い声で、感動もなくいった。
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2013/09/30 11:00
「ぼくの友人たちのことなんか、ほっておきましょうよ。千人の友人だって、お父さんにはかえられません。ぼくの信じていることが、お父さんにはわかりますか? お父さんは自分の身体をいたわらなすぎます。でも、年をとれば、身体をいたわる権利があるというものです。お父さんはぼくの商売に欠かすことのできない人です。それはお父さんだってよくご存じのはずですね。でも、もし商売がお父さんの健康をそこねるというのなら、商売なんかあしたにでも永久にやめますよ。そんなことはいけません。それなら、お父さんのために別な生きかたを始めましょう。でも、根本からちがった生きかたをするのです。お父さんはこんな暗いところに坐っていらっしゃる。ところが居間にいらっしゃれば、明るい光を浴びることができるじゃありませんか。
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2013/09/30 11:00
商売でもいろいろなことがわしにはわからないままになっている。おそらくわしに隠してあるのではあるまい。――わしに隠してあるなんて、わしは全然思いたくないからな。――わしはもう元気がなくなったんだろう。記憶力も衰えたからな。わしはもうたくさんのことを全部見ている力がない。一つには年という自然の結果だし、もう一つにはお母さんの死んだことがお前よりもわしに強い打撃を与えたからだ。――それはともかく、今の問題、つまりその手紙のことだが、ゲオルク、わしをだまさないでくれ。ほんのちょっとしたことだし、息をつくほどのことでもないじゃないか。だから、わしをだまさないでくれ。いったい、そのペテルスブルクの友だちというのは、ほんとうにいるのかね?」
ゲオルクは当惑して立ち上がった。
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2013/09/30 10:59
「それで、今はまた考えを変えたというのか」と、父はきき、大きな新聞を窓べりに置き、その上に眼鏡を置くと、片手でそれをおおった。
「そうです。今はまた考えが変ったのです。あの男がぼくの親友なら、ぼくの幸福な婚約はあの男にとっても幸福であるはずだ、とぼくは思いました。それでぼくは、知らせてやることをもうためらわなくなりました。でも、その手紙をポストへ入れる前に、お父さんにいっておこうと思ったのです」
「ゲオルク」と、父はいって、歯のない口を平たくした。「いいか。お前はこのことでわしに相談するために、わしのところへきた。それはたしかにいいことだ。だが、今わしにほんとうのことを洗いざらい言わないなら、なんにもなりゃしない。なんにもならぬというよりもっといけないことだ。わしは今の問題に関係ないことをむし返すつもりはない。だが、お母さんが死んでから、いろいろといやなことが起った。おそらくそういうことが起こる時がきたのかもしれないし、わしらが考えているのよりも早くその時がきているのかもしれない。
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2013/09/30 10:59
父は朝食の食器を片づけ、それを箱の上にのせた。
「じつはお父さんにお話があるんです」と、老父の動きをぼんやりと目で追いながらゲオルクは言葉をつづけた。「やはりペテルスブルクへぼくの婚約のことを知らせてやることにしました」彼は手紙をポケットから少し引き出したが、またポケットへ落した。
「ペテルスブルクへだって?」と、父がきいた。
「ぼくの友人へです」と、ゲオルクは言い、父の目をうかがった。――「おやじは店ではこんなじゃないんだが。ここではどっしり坐って両腕を胸の上で組んだりしている」と、ゲオルクは思った。
「ふん、お前の友人へね」と、父は言葉に力をこめていった。
「お父さんもご存じのように、ぼくは婚約のことをはじめは黙っていようと思ったのです。心づかいからで、そのほかの理由なんかありません。ご存じでしょう、あの男は気むずかしい人間ですから。あの男の孤独な生きかたからいってほとんどありそうもないことではありますが、ほかのところからぼくの婚約のことを知るかもしれない、とぼくは考えました。――それはぼくにはどうにもなりませんもの。――でも、ぼく自身からはあの男にけっして知らせまい、と思ったのです」