分からぬは夏の日和と人心
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2014/01/26 21:54
 声がすこし高すぎたやうである。彼は自分でもそれに気がつき、そのあとのしばらくの沈黙によつてそれを補はうとした。
 と、その時、扉が不意に開いて、黒岩万五が薪を一と抱へ抱へてはひつて来た。
 幾島暁太郎は、機械的にかたはらの椅子に腰をおろした。
 薪をくべ終ると、黒岩万五は、そこにゐる二人を見比べながら、
「明日は大雪になるらしいが、自動車がうまく通るかどうだかね。夜つぴて積つたとなると、ちよつくら、へえ、人夫の二人や三人で掻えたぐれえぢや追つつくめえ」
「自動車が通らないとなると、どうするんでせう?」
 素子は、雪に埋まつたあの長い山腹の道を頭に描いて、ぞつと身慄ひをした。

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2014/01/26 21:53
「あなたはもつと伯爵の運命を悲しんでいゝんぢやないんですか?」
 こゝで、幾島暁太郎は起ち上つて、マントルピースの方へ近づいた。
「おや、変なことをおつしやるわね。ひとの悲しみの程度がどんな風にしておわかりになるんでせう?」
「それやまあ、僕にはいろんなところでわかりますがね、あなたは伯爵を随分苦しませたんでせう、ほんとのところ……?」
 幾島は、素子の視線がやゝ慌て気味に左右へ配られるのを見逃さなかつた。
「僕はあなたを責めてるわけぢやないんだ。伯爵には、しかし、さういふ感情の処理といふ点でたしかに、非凡なところもあつたんでせうね。なにか、この事件をめぐつて、さういふものも感じられるんです。あなたのすべては、しかしこれこそ謎ですよ、僕に云はせれば……」

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2014/01/26 21:53
 幾島暁太郎は、あの時以来、有耶無耶にこの山荘へはひり込み、見舞とも手伝ともつかぬ風で階下の一室に寝起きし、混雑にまぎれて素子ともろくに口を利いてゐないのである。
「第一に、伯爵はどうしてあんな真似をしたんです? あなたからはまだ、そのことについてはつきり説明を聴いてゐませんよ、僕は……」
 かういふ問に対して、素子は平然と、
「さういふことを今詮議なさりたいの、あなたは? 警察でも、ちやんとした理由はつかめなかつたんだから、それでいゝぢやないの。ね、それでいゝと思ふのよ。だつて、事実をどう追つてみたつて、普通の心理ぢやないんですもの。あの方独得の心理について、あたくし流の解釈をしてみろつておつしやれば、それや、できないことはないけど……さあ、あなたがそれで納得なさるかどうか、……」
「いゝえ、僕はね、実をいふと、伯爵の自殺そのものには大して興味はないんです。それがあなたとどう関係があるかつていふことだけ、あなたの口から直接聴いておきたいんです。物好きすぎますか?」
「物好きなのはあなただけぢやないから……」
 と、彼女は低く独言のやうに云つて、微笑した。
「さうですとも……僕は新聞がどう書くか、こいつは見ものだと思ひますね。しかし、田沢さんが大分その方面へは運動されたんでせう?」
「さあ、どうですか。書きたいやうに書けばいゝんですわ。こんな問題で騒ぐ時節ぢやないんですもの」
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2014/01/26 21:52
昨夜、あの時刻に銃声が鳴つたのかしらと思つた。
「素子さんは? やつぱり明日一緒にたつんですか?」
「えゝ、さうするわ。向うでまたいろんなわからないことがあるといけないから……。それやさうと、あなた、どうして、いついらしつたの、こゝへ?」
 この問ひには、彼は面喰つた。
「僕? いやだなあ……あの晩、恰度、あの事件の起つた瞬間ぢやありませんか。あなたが二階から降りて来るのを、僕は玄関の入口で見てたんです」
 それを聴いて、素子は、眉ひとつ動かさず、
「だから、どうしてそんな時間に、わざわざいらしつたのよ? あなた、その朝、薬師へいらしつたんでせう? 万さんの小屋へ泊つたんですつて?」
「をかしいな、僕、さう云つたぢやありませんか、道に迷つたんだつて……」
 素子は微かに声をたてゝ笑つたやうだつた。幾島は本をパタリと閉ぢて、
「しかし、あれから、僕は、あなたと口をきくなんてことが殆どできなかつたから……。僕の方からも訊きたいことがいつぱいあるんだけれども……今はまだよしませうね」
「誰でも、あたしにいろんなことが訊きたいらしいわ。訊かれた、訊かれた、いやになるほど訊かれたわ。あたしつてそんなに秘密がありさうな女にみえて?」
 首をかしげて、彼の方を斜に見あげた。
「秘密があるかどうかは知りませんよ。僕はたゞ、僕の知らないことで、あなたが喋つてもいゝことを、ひとつふたつ、聴いておきたいだけです」

不労所得で脱サラを目指す元学生パチプロのブログ
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2014/01/19 21:58
 ただ、新しい演劇の創造を目的とし、早くから実際活動に従事している者たちは、必ず常に、新しい俳優の出現を望んでやまないところから、曲りなりにも、自分たちの能力のゆるす範囲で、俳優養成の事業を企てました。そして、指導者としては、最初は、文学者、そのつぎの時代には、文学者にして演出の経験あるもの、更に、今日に至っては、ようやく、ある程度の経験を積んだ舞台俳優、乃至は、最初から演出家として出発した専門演出家の手によって、俳優養成の主導権がほぼ握られるようになったのです。
 あなたが今度籍をおかれるようになった研究所は、その種のもののなかで、現在は一番基礎も確立し、世間の信用もある機関だと思いますが、所詮、独立した「学校」としては、まだ不備な点がいろいろあるに相違なく、当事者はそのことに十分気がついていながら、経営上、どうにもならぬという実状にあると察せられます。

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2014/01/19 21:58
 俳優は、いわゆる俳優術とか演技とかいうテクニックを「教え」ることはできても、必ずしも、現代の俳優がおのづから身につけていなくてはならぬ一般的教養を「授ける」適任者とは言えますまい。そのために、俳優教育の一般課程として、演劇全般に関する諸問題を含めた、広い知識の伝達と、俳優の特殊な技術が要求する様々な肉体的、精神的の補助訓練が、それぞれ、その道の専門家によって行われる仕組になっています。
 従って、俳優を志すものは、普通、新制大学の教養学部と称せられる学習課程のうえに、更に大学本科の専門講義及び演習に相当する課目の修得を必要とするわけですが、こういう「教育機関」の設置は、個人はもとより、一劇団、一会社の力では到底望み難きところですから、それゆえにこそ、今日まで日本では、近代的な意味での正統的な教育を受けた俳優というものは一人もいないのです。
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2014/01/19 21:58
 しかも、この場合、基礎的教育といい、訓練といい、如何なる方法がとられようとも、必ず可能性の限界があって、例えばどんな理想に近い教育が行われても、訓練が施されても、それを受け容れる側の素質によって著しい効果の差が生じるばかりでなく、また、同時に、あるひとつの技術的な部分を取りあげてみても、その部分のなかに、更に、正確に「教授し」得る部分と、常に漠然としか「指示し」得ない部分とがあり、これが混同されると、指導する側からいっても、指導される者の立場からいっても、しばしば大きな誤算が生れる結果になります。
 だいたい、俳優教育のメソードというものは、演劇の歴史のなかで極めて自然発生的なかたちをとっています。従って、演劇そのものの進化に先行する俳優教育の新しいメソードなどは、どこの国にもありません。俳優の教師は、自分の舞台経験を通して、自分が既に知っていること、自分ができると信じていることしか、教えることはできないのです。言いかえれば、俳優の教師は、決して「新しい」演技の指導者たる資格をもっていないのが普通です。

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2014/01/19 21:58
 現在日本に、俳優養成機関と称せられるものがどれくらいあるか、正確な数字はわかりませんが、僕の知っている限りでも、四ツ五ツはあります。
 それらはいずれも、ひと通り講師の顔ぶれをそろえ、教授課目の配列に意を配り、一定期間の講習を受ければ、俳優としての初歩の技術を身につけて、それぞれ舞台に立つ資格ができるように思われています。
 なるほど、すべての専門的知識及び技術がそうであるように、系統的な教育機関の存在によって、ある程度、それぞれの専門家が養成されることに間違いはありませんが、また同時に、どんな専門の領域でも、学校を出ただけでは役に立たぬという一般の声も聞き逃がせません。そのことは、俳優の場合にもまた当てはまるので、基礎的教育乃至訓練とは、その上に何かが築かれるのを前提として成り立つのですから、その「何か」とは、つまり、俳優をして俳優たらしむる「芸」そのものです。

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2014/01/19 21:57
 現に、舞台俳優志望者の組は、完全にチーム・ワークがとれ、相互練磨の気勢をみせ、常に知的な話題に興味を集め、そして、質実謙虚な風習を誇っているようにみえるのに、映画俳優の卵の組は、所属会社もまちまちで、個人的なつながりがほとんどないためもあって、めいめい、てんでんばらばらに、その時間だけ顔をつき合せるにすぎず、それでいて一種の職業的な見栄から、互に乙に澄しこんでいるようなところがあり、ノートは取らなくても、身だしなみには念を入れる傾向が強く、そのうえ、暇があれば、話題にするのは、文学でも芸術でも政治でもなく、単に社交のための無駄話にすぎない。
 いったい、自分の問題として、こういう勉強の方法が、将来どれほど役に立つか、甚だ危ぶまれるので、いっそ映画俳優一年生の看板をすてて、舞台俳優志望者として、再出発しようと思うが、どうか?
 以上の疑問にお答えする順序として、僕は、まず、劇団××座研究所をはじめ、すべて、この種の、俳優養成を目的とする機関の性質と、その役割とについて、一応の説明をしておきたいと思います。

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206Ryou Chrome
2014/01/19 21:57
 前回の僕の手紙によって、映画俳優もまず俳優でなければならぬ、という前提を承認したうえで、俳優修業の第一歩を踏みだすために、劇団××座の研究所へはいったのだが、そこでは、もちろん舞台俳優を志す研究生の組が、いわば本科のような地位を占め、映画俳優の肩書をもったものは、それだけを一組として、まったく別個の扱いをうけている。これでは、いわゆる舞台俳優志望者の中に混って、その雰囲気に接する機会もなく、自然、新劇俳優のもつ理想と性格とから、芸術家として好もしい影響を受けることができないような気がする。仮に、講師の顔ぶれも同じ、講義も実習も、その課程においてたいした差はないとしても、なにか大事なものを、一方は身につけ、一方は、そこまでのことができずに終るのではないか、という懸念を打ち消すわけにいかぬ。

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